お金 物質
「お金のコントロール」をタロットで見る。
この時期になりますと確定申告などもあり、自分とお金(の流れ)と向き合わざるを得ない方も多いと思います。
さて、実を言いますと、私は数字やお金についての扱いが極度に苦手でした。
今もって克服したとは言い難いのですが、少しずつ払拭しつつあります。
そんな私が最初に就職したのが、とある地方の金融機関だったのです。何を自分でも考えていたのかわからないくらい大きなミスマッチでした。
結局私は人様のお金を扱う仕事に適応することてもできず、逃げるようにして早々とそこから退職してしまいました。
今思えば、ある意味、自分のカルマを象徴しているようだったとも思えます。だからこそ、自分には合っていない金融機関を無意識に選んでしまったのでしょう。
しかしながら逃げた分、お金や数字については、この後も、ことある事につきまとうことになりました。
タロットをするようになっても同様です。けれどもこうしたことに本当の意味で気がついたのは、「タロットを仕事にする」と新たに決意し直した昨年のことなのです。
もちろんそれまでも知識的なことでは、お金と心の結びつきや自分の苦手意識が深いところに根ざしていることはわかっていましたが、そのまま放置していたところがありました。手をつけようとしても、自身の中の抵抗勢力にあい、簡単に挫折させられたこともあったからです。
とはいえ、ずっと手をこまねいていたのは本当に反省点であり、恥ずかしいところです。
また、「お金や数字のことは苦手だ」と自分で信じてしまっていたということもあります。カルマうんぬんというより、そういう自分に自らがしてしまっていたのです。
人は自分が(潜在的に)信じている通りの人生を現出させます。
皆さんもお金での問題があったり、苦手意識があったりする方は、必ず自分の中の考え・心に原因があると見つめれば改善策もわかってくるでしょう。
ということで、よく考えれば、私にはタロットがありました。タロットは総合的にあらゆるものを象徴させることができますので、当然お金についてもタロットで考えることができるのです。
そこで人間完成の道といわれるカモワン版マルセイユタロットのタロット絵図、タロットマンダラに注目してみますと、まず最初に現れるカードは数の1を持つ「手品師」です。
手品師はテーブルにある道具を使って、まさしく手品をしている姿が描かれています。この道具類は象徴です。
彼はテーブルにある道具を操り、自分の仕事(手品)にしようと努力しているのです。この「テーブルの範囲」という部分が大切です。
これをお金にあてはめれば、自分の収入と支出を管理する身近なところから始めると読めます。
奇しくも、手品師が手にしているのはコイン・お金です。彼はこの使い方(特に支出)を把握することから始めていると言えます。
私もそうでしたが、出て行くお金というものにはとても無頓着でした。これではお金の流れを自分の手の内にコントロールすることができないのは当たり前です。
お金を貯める第一歩は、当然ですが収入よりも支出が上回らないことです。いや、収入を上げればいいではないかと思う人もいらっしゃるでしょう。
ところが不思議なことに統計を取りますと、収入が上がってもそれに応じて支出も増え、結局収入の多寡にかかわらず、どの人も「もう少しお金があれば・・・」と思うことになるらしいのです。
ということは、基本である収入>支出を理解し、「今」の段階できちんとコントロールできる術(すべ)を身につけないと、たとえ給料が上がったり、収入口が増えたとしても、無駄使いしたり、わけのわからないままにお金がなくなっていたりするわけです。
ということで、私も本当に情けないほどの遅まきながらですが、タロットでいえば「手品師」の段階からお金コントロールの訓練を始めているところです。
ちなみに「手品師」のさらに次元の上を行くコントロールに、同じ1の数を持つ「力」のカードがありますが、私にはまだまだです。(笑)
でも「力」の段階もクリアーしたいと、タロット的な目標や順路も見えて、視界が良好になっているところです。
あなたは満足していますか?
世の中が不況になってきますと、少しでも節約、節制という意識が出ます。
それはある面、仕方のないことでしょう。
収入が限られている、一定のものしかないという状態では、お金を有効に使うため節約していく(出る方をコントールしていく)のは当然の考え方です。
これはまさに、その名前の通り、「節制」のタロットカードに示されていることです。
このカードには、天使が二つの壺を持ち、交互に入れ替えている様が描かれています。
つまりひとつの限られた「水」を、二つの壺による「入れ替え」「工夫」によって有効利用しているわけです。
100万円あれば一切を無駄にすることなく、ここぞという集中性をもって、とても効率的に巧みに使い分けているようなものですね。
ここまで書くと、「節制」のカードの読み方も、ある程度わかってくるのではないかと思います。もちろん「節制」の解釈はこれだけではありませんが。
一方、カードの数の上では、「節制」の次の「15」に当たる「悪魔」というカードがあります。
確かに節約は大切です。しかしすべてに節約意識が働きすぎますと、気持ちまでが窮々としたものになって、ますますお金も心も窮する(不満足する)ことになります。
と言っても「ないものをどうしろというのだ」とお怒りにならる方もいらっしゃるかもしれません。
ないものは増やせばいい(入れる方を広げ、コントロールする)のですが、これはタロットでいうと、「節制」意識から「星」になるということでもあります。
ただ、今日はその話(増やすこと)ではありません。
現実問題、サラリーマンやアルバイトをしていると、なかなか収入を直接的に増やす道というのは難しいものです。(難しくないといわれる方もたくさんいて、そういった方は意識がタロットでいうと「星」になっています)
しかしながら、物質的には増えないかもしれませんが、精神的にはある程度は満足度、心の潤いの増減が可能です。
そのために重要なのが、タロットカードの「悪魔」なのです。「悪魔」にはいろいろな意味がありますが、ひとつには人の「満足感」に関わるものがあります。
そしてそれは自分の「満足感」を意味することもあります。
「節制」が行きすぎて、すべてが狭まり、余裕がないように感じられて苦しい時は、「悪魔」のように自分の満足(する心)に気持ちを向けてみるとよいでしょう。
具体的にはこういうことです。
食べたいものがあるのをいつも「節約」のために我慢している。
それを完全な満足とは行かないまでも、ほんの数十円上げるだけでも、自分が食べたいももの(満足)に近づくのならば、たまにはそちらを選択してみるということです。
回数や機会を決めて、今回のみ少しだけ贅沢というか、自分の望むものをしてみるという選択もありです。
我慢に我慢を重ねていくと、いつか潜在的に押し込められた不満が反動となって爆発することがあります。(大量消費や感情の乱れ、病気、人や物など何かへの極端な依存など)
一度でも心からの満足を選択することで気持ちが安定し、欠乏の中にもある種の余裕を実感し、ベクトルが豊かさの循環に変化していくこともあります。
そう、少ない中でも、自分の満足感を得ることと余裕が大切なのです。
「悪魔」のカードは悪魔自身も、またつながれている人も皆楽しそうです。
つながれているという実態(たとえば完全な環境ではない状態)はあるものの、その中で満足感は得ているのです。ちなみにながれてるい綱はとても緩く、このことから「余裕」を感じさせるものです。
「節制」と「悪魔」は天使と悪魔という意味でとらえられることもありますが、節約過剰と満足感という観点からは、「悪魔」のほうが大切になることもあるのです。
全体的な不満足感より、ひとつでも、ワンポイントでも満足を得られたほうが、気分的に楽なることはあります。
タロットカードの展開の中で「悪魔」がよく出る人は、自分が本当に満足しているか、自分に問うてみるのものもよいでしょう。
お金と流れ 2
昨日は「節制」と「星」のカードについてのお話をしました。
実は今日もちょっとその二枚に関係します。
どこがどう関係するのかは、本日はあえて言いません。
カードを知っている人、持っている人はご自分でカードを見て感じてください。
今回のテーマはお金です。
以前も 「お金は動かすものという意識が大切だ」と述べましたが、この「お金を流動的にとらえる」ということが、なかなか普通の人には難しいようです。
かくいう私自身も、お金を長い間固定(したもの、するものと)して見ていました。
それは給料(固定したもの)をもらうという形でお金を得る経験がほとんどだったので、自然そうなるしかなかったといえます。
ですから世間の多くの人がお金を固定してとらえてしまうのも致し方ないことです。
お金を流動的に見るということはどういうことでしょうか?
それは自分がお金を動かすことはもとより、他人や外からも流入する(させる)というイメージができるかということになるでしょう。
自分がお金を動かすのは簡単です。つまりはお金を使えばいいわけですから。いわゆる消費活動ですね。これは誰でもやっていることです。
それでは外から流れていくるという点ではどうでしょうか。
これを普通の人は、先に述べた「給料」など固定したものからの流入と見てしまうのです。いや流れてくるというより、今の自分を中心として受け取るみたいなイメージでしょうか。
もっというと、箱から箱へただ移し替えているだけのイメージといえます。
これでは限界が最初からあるのは目に見えています。
もっと箱自体の幻想を壊して、枠を目一杯広げ、お金を流動体や羽をはやしたものとしてイメージするといかがでしょうか。
そうすると、流入経路は複数(無限に)あることが感じてこれますし、たとえば箱があったとしても、そのまた向こうの箱があり、さらにそのまた向こうにも箱があって、しかも箱は数限りなくあるという想像が働いてきます。
つまりは、人と人、モノとモノとを介してお金のエネルギーが流れているイメージです。
これを具体的にしていきますと、単に給料で固定したものの範囲で消費を切りつめていくという発想よりも、給料はひとつの流れであり、また別の流れとのコンタクトを自分でつければいい(週末起業であったり、他の方法でお金のエネルギーの道筋を作ること)のだというアイデアにつながっていきます。
結局のところ、流れを起こすということは、流出と受容(外に出すことと受け取り)を自分の中に意識するということです。
受け取って貯めるばかりでは何も流れませんし、流してばかり(使ってばかり)ではそれも干上がってしまうことにもなるでしょう。
ただ何事もコツをマスターするには、小規模のことからクリアーしていかねばなりません。
自分がコントロールできる範囲で確実に流出と流入の流れを循環せさている実感と技術がいるでしょう。
そのことは実際のお金だけに限らず、お金をエネルギーとしてとらえますと、まだ物質化していない(お金になっていない)ものの価値も流出・流入させていくということでもあります。
このことからいかにいろいろな意味で交流ということが大切になってくるかがわかると思います。
※この話は私の知人のそのまた知人の方 が、お金のことについて重要なお話をされていたことを、タロット的に私が気がついたものを皆様にご紹介したものです。その方の記事には 、お金のことについて大切な視点がたくさん書いてありますので、ご参考にされるとよいでしょう。
お金と流れ バシャールより
「未来は、えらべる!」(ヴォイス出版)という本があります。
これはバシャールという宇宙存在とチャネリングのできるアメリカ人のダリル・アンカさんと、お金と生き方についての著作と講演をされている本田健さんとの間で対談された内容が掲載されています。
まあ実質的には、本田氏とバシャールという存在との質疑応答記録みたいなものです。
この本の内容はなかなか面白く、私も特に多次元的な宇宙観と選択についての部分は非常に興味深く感じたものです。(何を言っているかわからないと思いますが、関心のある人は実際に本で確認されてみてください)
それで、今回はこの本に書かれてあるお金に関することの内容が、タロットのあるカードと結びついた気がしたので、それについて話をしたいと思います。
本の第三章で「お金とと豊かさ」ということをテーマに、本田氏がバシャールに尋ねている項目があります。
そしてバシャールは、「お金は持つものではなく、動かすもの」であると言っています。
この時、私はタロットカードの「愚者」と「星」をイメージしました。
カモワン版マルセイユタロットの「愚者」は、その名の通り「愚か者」にも見えるみすぼらしい格好をした旅姿をしています。
とてもお金を持っているようには見えません。しかし、講座を受講された方などにはわかっていただけるかと思いますが、彼(愚者)はもしかするとお金をたくさん持っているかもしれないのです。(それは描かれているある「象徴」や彼の属する特質からわかるのです)
また物理的なお金ということだけではなく、彼の心も決して貧しいとはいえません。おそらく夢や希望にあふれ、お金のこと(あるなしについて)などは考えたこともないでしょう。
それは彼がいつも動いているからです。ひとつ所やモノへの執着がないのです。
人は所有感(欲ともいえます)が色濃く出るようになると、たちまちすべての動きは止まり、減るか減らないかなどの感情にやきもきすることになります。
つまり自分が動かない存在としてしまうと、そこの今いるポイントに注目せざるを得なくなり(言い方を換えればとらわれるということ)、たとえばお金だったら自分のところにある量の多寡を計るという観点になります。
そうすると、動かない(動けない)ポイントで、ただ入ってくる(または出て行く)偶然性を待つか、自分だけの力で何とかしなければならないという状況に追い込まれます。
しかし固定した考え方をせず、移動や流動を思う時、自分は流れの中での一ポイントに過ぎないとわかり、また自分自身も常に動いていくことで、たとえ一時的に悪い流れが集まるポイント(あるいはいいものが集まりにくいポイント)であっても、変えていくことができるようになります。
お金もこれに当てはめて考えると、まさにバシャールのいう「お金は持つものではなく、動かすもの」ということになるでしょう。ですから「愚者」はああ見えてもやはり豊かであると考えられます。
また「星」のカードも常に両方の壺から水を流しており、それは尽きることがありません。流せば流すほど流れはよくなり、それにともなって豊かさも流れ込み、また移っていくということになるでしょう。
結局のところ、いかに流れというものを意識し、固定した考えや場所に留まらないようにして、自らも動くと同時に豊かさの流れの通過点や供給点・転換点として存在していくかということになると思います。
電気でいえば発電所でもあり、変電所でもあるということですが、「自分は電気には無縁だ」「電気など流せるわけがない」「電気はここしかない」と思いことが一番問題であり、そうなると当然電気も来ないということになります。
タロットでちょっと解説してみましたが、タロットを知らない人やさらに詳しく知りたい人は、「未来は、えらべる!」を読んで確認されるとよいでしょう。
ポジティブシンキングに苦労する人は、実際の行動をする。
将来のことに思い悩む人は多いでしょう。
ましてや今の世況です。
現実的な問題がいろいろと思い浮かぶでしょう。老後の生活・年金、配偶者、子供のこと、家のこと・・・悩み事は尽きないというのが普通です。
このような実際的なことには、やはりまったく準備しないよりも、計画的に考えて行った方が安心だと思います。
以前、あるところで生活のお金を貸す仕事をしていたことがあります。
そこに相談に来られる人を見ていますと、病気や失業など、急なことでのやむを得ない事情の方はわかりますが、中には根本的にあまりに無計画すぎる生活をしているため、当然そうなるだろうという方も少なからず見受けられました。
起きてもいないことにマイナスに心配しすぎるのも問題ですが、不安を抱えながら何もせず、「なんとかなるだろ」というのが一番いけないと思います。
心底楽観的な人は、たぶんずっと大丈夫です。絶対に自分はいつもOKだと確信しているからです。人生は不思議なもので(実は不思議でもないのですが)、確信したことは現実になります。
心の底から楽観的な人物といえば、タロットでは「愚者」となります。 「愚者」は本当にどうなろうと何も気にせず、どんなものにも変化することができると確信しているので、どこにいても無事なのです。(「事が無い」と「無事」は書きます)
ところがなかなか人は「愚者」にはなれません。
普通は自分が絶対に大丈夫だとは思えませんし、なにがしかの心配はあるものです。
安心できないことがあれば、それだけそれを思う(集中する)ことになりますから、引き寄せの法則ではないですが、心にいつも思うことは現実化しやすいので、実際に心配ごとが起こります。
このことはスピリチュアル系の方には耳たこくらい聞いたことのある話でしょう。そして、「だからいいことを思いましょう」と言われます。
とはいえ、人はどうしても気にしたり、心配したりする生き物です。無理矢理いいことを思うようにしても、取り越し苦労気味の人は、ついついマイナスのことをまた考えてしまいます。
私は、特にお金など現実的な面については、不安があればその不安にきちんと対処すべき(準備と行動をするもの)だと考えています。これは自分の経験からでもいえます。
先にも言ったように、愚者的に「何とかなるわさ」とそのことを本当に心から信じている人は、実際にも何とかなってしまいます。
そうではない多くの人は、不安を少しでもなくすように、分析し、考え、そしてやるべきことをしなくてはなりません。
お金のことで不安ならば、増やすか今の支出を減らすかの対策と、将来的な計画もしていく必要があるでしょう。
これはふたつの意味があり、現実的にお金の(あくまでお金のことが例ですが、そのほかのことも同様です)コントロールしていくことと、そしてもうひとつは心の不安を少しでも取り除くという意味があります。
不安や心配が少なくなれば、その分、気持ちも楽になり、ポジティブやいいことを自然に考えることもできるからです。
不安の高い人ほど、「もう、ダイジョブ(笑)」というくらい実際的な対応をするということが大切です。行動していることで、忙しさと持ち直している安心感も生じて、不安の気持ちが薄れていくという効果もあります。
もちろん魔法的には「愚者」になりきれば、準備も計画も何も必要ないかもしれません。
ただ普通は難しいので、現実的に行動をして心配を沈め、そしてその収まった心で愚者化していくといいますか、自分の枠をはずして変えていく工夫をすれば、本当に愚者に近づくことができるでしょう。
お腹がすいたら食べ物が出てくるのを祈るのではなく、実際に腹ごしらえ(する努力を)して、落ち着いたのち、感謝と安らかな気持ちでいつも食べ物に満たされるよう祈るみたいなものです。